29歳の自分に会いにきた

アラサー貧困女子。大丈夫になりたい。

やってできないことがあってもいい、つらいときはつらいと言っていい

深田恭子さんが適応障害で休養、とのニュース流れたとき、どうかどうかゆっくり休んで、というご本人への気持ちと、「適応障害」という病気への世間の理解がこれで進んだのでは、という嬉しさとも安堵感とも似てるけど違う、不思議な気持ちになった。

SNSでも適応障害の文字がトレンド入りしていて、こわごわ見てみたけれど否定的な言葉は少なく、今この病気はこんな風に思われているのか、とぼんやり考える。

 

私が東京の心療内科適応障害と診断されたのは、2019年3月25日のこと。
今はもう病気の影も薄くなったもんだから、割と最近のことだったんだな、なんて思ったり。

 

その頃というのは、びっくりするくらいとにかく何も上手くいっていなかった。(2019年のことは、今ではフライング厄年と呼んでいる)仕事もダメ、恋愛もダメ。えっ…いったい自分の何がダメ…?と考えても考えてもわからず。

自分の思うように進めない、何かやれば裏目に出る、仲間はずれとまではいかないけど何とはなくの疎外感、みたいなのはそれこそ子供のころからあった。だのに、何故あの時に適応障害になったのかと思い返してみたときに、わたしは、わたしを過信していたことに端を発すると考える。

 

仕事は、始めて2か月の不動産関係の事務職だった。それまでにも転職を何度かしたことがあったし、人当たりの良さには自信があった。社内システムなんかもいつもすぐに覚えられた。会社には「あっこの子はできる子だ、大丈夫な子だ」と思われる。私も、やればできるという思いが強く、できませんというのも嫌いだし、早く仕事できるようになりたくて、やりますやってみますとニコニコ業務を引き受けていった。
結果、誰もやりたがらない仕事を回されるようになる。何かしらの謝罪の架電。仕事を奪われたくないらしいアルバイトのおばさんとの業務分担。
周りの人たちはいい人が多かったように思うけれど、みんな他人に構っていられるほどの余裕がなかった。できませんとなおさら言えない。最初はやってたんだけど、どんどんできなくなっていった。

一方で、恋愛は約10年ぶりに好きな人(前の会社の人)ができて、やり取りをしだして半年くらい経った所だった。一応、両想いだった。
けれど、その彼にはその時付き合っている人がいて、その付き合っている人というのが境界性パーソナリティー障害か何かで、軽く言ってしまうとメンヘラな人だった。
彼も参っている様子で、別れられそう?とそれとなく聞くくらいに留めていたのだけど、彼からのラインが極端に減っていって、問い詰めたんだったかなんだったか忘れたけど、聞くとなんと親どうし顔合わせを済ませてもうすぐ入籍するという。そこからは彼に何を言っても暖簾に腕押しだった。つらいと言っていたのに、つらさより、自分にしか彼女の面倒は見られないという責任感のほうが勝ったらしい。
まさか、警察沙汰になったことがある相手と結婚する人がいると思わなかった。選ばれなかったことよりは、私が問い詰めなければ彼が黙って私からフェードアウトしようとしていたこと=私の気持ちを蔑ろにされたことが耐えられなかった。そんなことなら最初から気持ちよく振ってくれ。(今だから言える)

 

そんなこんなが一緒くたにきて、自分のおかれている状況をうまく飲み込もうと、こんなことなんてことない、映画のワンシーンみたいじゃない、これまでだって這い上がってきた、運だって良いほうだから何とかなる、と思い込もうとしていた。
これは今思えばまさに適応障害のあれで、「適応しすぎている」状態だった。

できる、耐えられる、と頭では思っているのに、
涙がとまらない。駅のホームに着くとお腹を壊す。
何も手につかない。趣味だったもの好きなものすべてに興味がなくなってしまった。

それでやっと心療内科に行った。本当にずっと泣いていて、こんなことでは待合室ではおかしい人だと思われかねないと顔をハンカチで隠して、診察室に入ってもなんとか耐えて、でも、先生の「今日はどうされましたか」ではもう耐えられなかった。

「なんだか涙が止まらないんです」くらいしかまともに喋ってなかったと思う。
そんなのでもちゃんと診察してもらえるので、病院はさっさと行くべきだなと学びました。

病名がついて、自分は病気だったと知れてほっとした。薬も、会社に出す診断書も書いてもらえた。
当時、私自身も心の病気の知識がなくて、まさか自分が…?と思ったのだけど、先生が「雅子様と同じ病気だよ」と言ってくれて、周りに何と言われようがこれは雅子様と同じ病気なんだ大丈夫だ(大丈夫ではないけど)と思うことができた。
今なら深キョンと同じ病気、誰だってなる病気だから、大丈夫なんだ、と。

 

2年経ってもうすっかり治ったと思ってたのだけど、数日前、あれっこの感覚そういえば久しぶりだなと思ったことがある。それは、ファッションアプリを眺めて、この服は手持ちのあれと合うかなとか考えてワクワクする感覚。仕事で着る以外の服(必ずしも必要ではない服)を買うこと。病気で見失っていた「好き」がひとつ、手元に戻ってきた。
ファッション関係の会社に勤めていた時は○○店のおしゃれ番長なんて呼ばれてたのに(笑)、あの頃の私に地味~~と怒られかねない…。

変に強くあろうとせず、落ちるときは落ちたっていいのです。ストレスはどうあしらっても在る。でも、今は上手く付き合えるようになったかな。